東京地方裁判所 昭和45年(借チ)1038号 決定
〔主文〕1 申立人らが、別紙目録(二)記載の建物を取り毀し、同目録(一)記載の土地上に同目録(三)記載の建物を建築することを許可する。
2 申立人らは、相手方らに対し、金三〇万五、〇〇〇円を支払え。
3 別紙目録(一)記載の土地に関する申立人ら相手方ら間の賃貸借契約の賃料を本裁判確定の月の翌月分から一カ月六、〇〇〇円に改める。
〔理由〕(申立の要旨)
1 申立外亡板倉鎗吉は、申立外亡榊原安太郎から昭和二一年一月一日別紙目録(一)記載の土地(以下本件土地という。)を非堅固建物所有の目的で期間を定めずに賃借し、同地上に同目録(二)記載の建物(以下本件建物という。)を建築所有した。
2 板倉鎗吉は昭和四一年三月四日死亡し、申立人らはその共同相続人として賃借人の地位を承継するとともに本件建物の所有権を取得し、榊原安太郎は昭和四二年二月頃死亡し、相手方らはその共同相続人として賃貸人の地位を承継した。
3 本件土地賃貸借契約の賃料は、昭和三四年一月分から一カ月二〇〇円に改められ、そのまま現在にいたつている。
4 申立人板倉嘉久は近く結婚するが、本件建物は狭隘であるので、これを主文掲記のように改築したいが、相手方らの承諾が得られないので、賃貸人の承諾に代わる許可の裁判を求める。
(決定理由)
1 本件の資料によれば、申立の要旨として掲げた前記1、2の事実が認められ、これによれば、本件借地権の残存期間は昭和五〇年一二月三一日までとなる。
相手方らは、本件建物は残存期間満了の前後には朽廃の域に達するが、今改築が許されると、賃貸人は、借地法七条の異議権を失い、また、建物朽廃による借地権消滅に基づく本件土地返還の期待が裏切られることになり、この不利益は、財産上の給付をもつてしては償い得ないものといわなければならないので、本件改築許可の申立は、棄却すべきであると主張する。
増改築許可の裁判により賃貸人が借地法七条の異議権を失うか否かについては説が分れているが、異議権を失わないと解するのが相当である。その理由は、借地法八条ノ二には「賃貸人ノ承諾ニ代ハル許可」という表現が用いられているので、許可の裁判は、一見、賃貸人の承諾を擬制しているように見えるが、右の表現は、意思表示を擬制する場合に法律が通常用いる「承諾ありたるものとみなす」の用語と異るのみならず、これを実質的に考えるも、増改築の許可は、土地の合理的利用の促進という改正法の目的に照し、合目的的にその意義を考えるべく、しかるときは、右改正法の目的達成の障碍をなしている増改築の制限に関する特約を申立にかかる増改築にかぎり一時的に排除する趣旨と解するのが相当であり、借地法七条の異議権まで失うとするのは、改正の趣旨からすれば不必要であるのみならず、土地所有者に合理的根拠のない制約を課すことになり、採用しがたい見解である。
また、本件改築がなされると、借地権消滅の場合借地法六条の異議を述べるには正当事由が必要となり、正当事由がないかぎり、土地返還にかける賃貸人の期待は実現困難となるが、このことは、増改築を認めた改正法が予定しているものというべく、従つて、右の期待が破られることを理由に申立の許否を云々するのは当らず、建物の老朽化は、増改築を必要とする事由の一つであり、増改築の時期の決定は、借地人の主観的事情によつて異るので老朽化の程度によつて申立の許否を決めるのも、理由のないことである。
本件の資料によれば、本件借地契約には一切の増改築を禁止する旨の特約が附されていることおよび本件改築は土地の通常の利用上相当であると認められるので、本件申立は、これを許可すべきである。
2 附随処分
鑑定委員会は、附随処分として借地期間を残存期間満了後二〇年延長すべきであるとし、財産上の給付を増改築承諾料に期間延長による更新料を加算したものとするが、賛成しがたい。増改築許可の裁判が借地法七条の異議権を失わしめると解すべきでないことは前に述べたが、附随処分として借地期間を延長することは、従前の期間満了時における賃貸人の更新拒絶権を奪うことになり、かかる不利益を賃貸人に与える理拠はない。本件のように残存期間がわずか五年余の場合、更新拒絶により借地権が消滅すると、折角改築した借地人に酷のようではあるが、そうであるからといつて賃貸人の更新拒絶権を奪つてもよいという理由にはなるまい。また、更新料は、法律上請求しうべきものではなく、その授受は、当事者の自治に委ねるべきものである。鑑定委員会の意見の如く増改築承諾料に更新料を加算することは、当事者の自治に介入することになり、不当である。なお、更新料の額は期間満了時の更地価格あるいは借地権価格を基準としてその何%と定められるのが通例であるが、鑑定委員会の意見の如く、現在の更地価格を基準として将来授受されるべき更新料を算定するのは、地価が上昇しないという前提をとらないかぎり不正確である。
鑑定委員会は、本件改築の承諾料は更地価格の二%が相当であるとし、相手方らは、その根拠を示していないという。増改築許可にともなう財産上の給付については、考え方が区々で、いまだ定着を見ていないというのが実情である。
思うに、財産上の給付は、当事者間の利益の衡平を図るための処分の一であり、従つて、それは、増改築が借地関係に及ぼす諸影響を検討し、右影響のうち当事者間の利益の衡平を図るのを相当とするものがあるときは、金銭的給付により右利益を調整することであろう。
そこで、本件改築が借地関係に及ぼす影響は、次の如きである。
一、借地権消滅時期に及ぼす影響
増改築許可の裁判は、前述のように、借地法七条の異議権に消長を来さないと解すべきであるので、本件改築許可は残存期間に影響しないが、一方、朽廃による借地権消滅の可能性が期待困難となり、このことは、本件改築がなければ本件建物が朽廃したであろう時期の後にも借地権が存続することになり、土地所有権に対する新たな制限となる。
二、借地権存続中の借地関係に及ぼす影響
この関係では、土地使用収益権に基づく借地人の利益に及ぼす影響が問題である。本件改築により、申立人らの住の快適性は増加し、住の快適性の増加は、不動産鑑定評価基準によれば、土地の最有効使用に対する格差の縮少となり、建物の耐用年数の延長と相まち、借地権価格の上昇をもたらす。
三、借地権消滅後の借地関係に及ぼす影響
この関係では建物買取請求権に及ぼす影響が問題である。
右のうち、土地所有権に対する新たな制限は、改正法が増改築を認めたがためであり、法律による所有権の制限といえる。ところで、法律が所有権を制限する場合、これによる所有者の損害を補償すべきものとする場合と然らざる場合があり、法律が損害を補償すべきものとする場合には、通常、「損害を受ケタルトキハ其償金ヲ請求スルコトヲ得」(民法二〇九条)「これによつて生じた損失を補償しなければならない」(森林法四九条)「損失を当該鉱業権者に対し補償しなければならない」(鉱業法五三条の二)「これによつて通常生ずべき損失を補償しなければならない」(土地改良法一一九条)の如き表現を用いるが、借地法八条ノ二は、当事者間の利益の衡平を図るため必要あるときは財産上の給付を命ずることができる旨規定するのみで、所有者の損害を補償すべき趣旨か否か文言からは必ずしも明らかではない。思うに、昭和一六年の改正借地法は、更新拒絶に正当事由を要求するに当り、土地所有権に対する新たな制限の補償につき全く考慮を払わなかつたのであり、今回の改正がこの点の補償を考慮していると解するのは、右と比較し権衡を失する。かかる損害を補償すべきものとすれば、今回の改正は、実を伴わない形だけのものとなり、改正の趣旨に背馳するばかりでなく、その補償額(朽廃による借地権消滅の時から次の借地権消滅時までの間の借地権設定の対価たる権利金あるいは更地価格に対する利息相当額の現価)は、底地価格を上廻る不合理なものとなる。
本件改築後の建物は本件建物より価格が大であること明らかであり、建物価格の増加は、将来買取請求権を行使された場合、建物買取価格に影響を及ぼす。買取価格が増加しても、賃貸人は価格相応の建物を買い取るのであるから、この関係においては調整の要はない。問題は、買取代金の用意がないため更新拒絶を断念せざるを得ない場合がありうることであるが、一の影響で述べたように土地所有権に対する新たな制限を考慮する必要がない以上、この場合も賃貸人の不利益を考慮する必要はないであろう。
以上によれば、財産上の給付は、借地権価格の上昇分を中心に考慮することとなると思われる。借地権価格を評価する場合、従来は更地価格ないし建付地価格に借地権割合を乗じて算出する方法が多く採られ、かかる評価方法によると借地権の個別性は抹殺され、新旧借地権価格の差を求めることは困難であるが、不動産鑑定評価基準にもあるように借地契約の個別性に着目して評価すべきである。
増改築の場合の財産上の給付についてのこれまでの鑑定委員会の意見は区々でいまだ定着していないことは前述のとおりであり、給付の額にもかなりの開差があるので、当裁判所は、裁判の公平の見地から、不十分ではあるが、同じような事案には同じような給付額を示すことにしている。この裁判所の扱いからすると、本件改築許可にともなう財産上の給付は、更地価格の三%が相当である。
相手方らは、従来当事者間に権利金の授受がなかつたので財産上の給付につき右の点を考慮すべきであるというが、本件借地権が設定された昭和二一年当時は借地権設定の対価としての権利金が授受されることは一般ではなかつたのみならず、権利金の授受の有無が財産上の給付に影響を及ぼすとする理由もない。
鑑定委員会の意見によると、本件土地の更地価格は一平方米当り二六万一、九〇〇円が相当であるとのことであるので、右に従い、財産上の給付は更地価格の約三%にあたる三〇万五、〇〇〇円を相当とする。
本件改築により本件土地の利用価値は増加するので、賃料を増額するのが相当であり、鑑定委員会の意見に従い、賃料を本裁判確定の月の翌月分から一カ月六、〇〇〇円に改める。(小山俊彦)
目録
(一) 東京都港区赤坂五丁目四一九番
宅地281.91平方米(85坪2合8勺)のうち38.74平方米(11坪7合2勺)
(二) 右土地上所在家屋番号八番二
木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅一棟
床面積33.05平方米
(三) 木造二階建店舗兼居宅一棟
床面積一階27.00平方米
二階27.00平方米